1999⇔2025稲門建築世代横断交流会 開催レポート
社会人25年目と現役建築学生、
〜研究室、卒業制作、仕事、将来について語り合う〜
2025年6月に社会に出て25年目となる卒業生と現在3年、4年の現役生による世代交流会が開催された。ここでは当日のやりとりの中から現役生が抱く将来への不安、社会人25年目が振り返る学生時代と今の繋がりなどが垣間見えた。
建築を志したきっかけは人さまざま、
建築学科を出た人の仕事も人それぞれ
対談に参加したのは現役生9人、社会人10人の計19人。自己紹介で、学生はなぜ建築を志したか、現在やっていること、悩みなどを一言ずつ話すという形だったのだが、聞いてみるときっかけも建築を志した時期もさまざま。
「小学生の頃、一生続けていける人のために役だつ仕事は何かと考えた時、医者と建築家だろうと思った。でも、命を預かるのは荷が重く、怖いので建築を選んだ。人の顔の見えるスケールの建築を手掛けたいと思います」(3年 山口磨海さん)、
「デザインが好きで高校の頃から建築を志すようになりました」(3年 松崎結さん)、「建築が好きでというより、なんでモノはできているんだろうと考えて建築に行きつきました」(3年 野村成美さん)。
テレビ番組に影響を受けた人もおり、社会人からは驚きの声もあがった。
「『大改造!劇的ビフォーアフター』をきっかけに建築に興味を持つように。家の間取りが好きで、大きなものより住宅を作りたい」(3年 只見日菜さん)、
「『渡辺篤史の建もの探訪』をきっかけに住宅に関心を持つようになりました。今は環境のシミュレーションに取り組もうと思っています」(3年 佐々木洋さん)
これ以外にも「父が建築家で家にいつも模型、図面があった」(3年 中川日々紀さん)という人もおり、テレビも含めて子どもの頃からの環境の影響は大きいようだ。
きっかけがさまざまなら当然、作りたいものも人それぞれで建築ではなく、「ミラノサローネを目指してデザインを頑張っている」(3年 清水奏汰さん)という人も。
対する社会人25年目も必ずしも建築をやっている人ばかりではない。
「グラフィックデザイナーをやっており、専門学校で先生も。ただ、仕事はだんだん建築に近づいています」(梅沢篤(苗99)さん)、
「クラウドファンディングでお金を集めて建築を作る仕事をしています。建築は建った時点から不動産になる、だからその前の建てるところへの投資から関わることで建築を変えていこうと学生時代に起業、今に至っています」(武藤弥(苗99、院01)さん)、
「院を卒業後、就職はせず、内藤廣さんのところでアルバイトをしたり、リノベーションを手掛けたりした後、水辺を面白くしようと2015年に株式会社水辺総研を立ち上げ、今ではすっかり水辺の人。意匠系からコンサル系へという転身でしょうか」(岩本唯史(苗99、院02)さん)
建築は幅広いのである。それを武藤さんは印象的な言葉で補足、説明した。
「メンターだった江副浩正さん(株式会社リクルート創業者)に『建築家は全部やる人、デベロッパーアーキテクトなんだよ』と教えられました。例としては中世初期、平家の焼き討ちで大被害を受けた東大寺再建に多大な功績があった僧、重源がいます。彼は日本全国を回っての資金集めから建築に至るまでのすべて手掛けたのだとか。建築は建てるだけのものではなく、土地、資金など建てるまでのことや管理や修繕その他建てた後のことまでも含む広範なものと捉えています」
大人になるとは
いろんな遊びが全部仕事になること
自己紹介後、事前に現役生に募集した社会人への質問の答えがいくつか紹介されたのだが、そのうち、秀逸だったのが「大人になって学んだことは?」への回答。いくつかあった答えの中でもっともインパクトがあった大成建設に務める堀川斉之(苗99、院01)さんの「いろんな遊びを仕事に繋げる経験値」という言葉。
学生時代から山岳部でヒマラヤへ行ったり、ヒップホップが好きでニューヨークへ行ったりと世界を股にかけて遊んでいた堀川さんは今も上司からもうちょっと仕事をしろと言われるという。
「大人になると空気を読んで言わなくなることがよくあるけれど、そうではない、本質的な問いが求められていると感じており、子どもっぽさ、めちゃくちゃさは大切にしています。だからいろんな遊び、趣味でやりたいことは全部やる。それが人と会ったり、コラボすることに繋がったりで評価され、仕事になっている。本来、僕らの仕事は遊びと境界線のないところがあったはずなのに、今はそこに線を引くものだとなっている。難しい時代ですね」
公私の区別がないと言葉にするとブラックに思えるからかもしれない、その後、「建築はブラックなんですか?」というストレートな質問も出た。
これに対しては日建設計に勤務する樫村奈美(苗99、院01)さんは「ホワイトになろう、ホワイトになろうとだいぶ、改善されてきました。私は働いて子育てをしており、今、上の子が12歳ですが、ロールモデルがいない状態でした。でも、近年は子どもを産んだ後に復帰する女性、育休を取る男性も増えています」
今の時点では過去に比べれば、事態は改善されている。特に昨今は人材不足もあり、改善のスピードは早まっているそうだ。
研究室の選び方で悩む現役生多数、
仕事と研究室の関係は?
3年生にとっては研究室選び、さらにその先の研究室と就職の関係は気になる点。対談イベント後半の質疑応答タイムでは研究室に関する質問がいくつか出た。意匠系の研究室に関心を持っているものの、どの研究室を選べばよいか悩んでいるという学生に対し、樫村さんは自分の経験から広い視野で選ぶことをアドバイスした。
「人が建物をどう使うかに興味があったので人間行動に関して強みのある渡辺仁史先生の研究室を選んだのですが、もっといろいろバイアスをかけずに見ておいても良かったかなと思ったこともあります。学生の時には想像もしなかったほど、いろんな専門があり、いろんな先生がいらっしゃるので最初から決めつけてしまうのは損かもしれません」
樫村さん自身は社会人になって以降建築はやらないままかもしれないと思う時期を経て現在は人流シミュレーションに関わる。長い時間を経てかつて学んだことに再び巡り合っているわけで、学生時代の学びが社会ですぐに役に立つということでもないらしい。
実際、黒川紀章建築事務所に在籍する藤澤友博(苗99)さんは研究室と仕事は直接的には繋がってはいないという。
「戸沼幸一先生の下で都市計画を学びましたが、現在在籍しているのは意匠系の事務所。関係がないといえばありません。ただ、まったくないと言えるかどうかは別です」
専門分野とは別に人との関係も見たほうが良いというのは中野海太郎(苗99,院02)さんのアドバイス。
「人として魅力的な先生、教えるのが上手な先生、個性的な人が集まっている研究室などという観点で見ても良いのかもしれません。私自身は、研究室の多様な活動、自由な雰囲気と面白い人が集まっているらしいということで古谷誠章研究室に進みました。」
最後にこの問いについての答えではなかったが、意匠系の石山修武先生の研究室を経て三井不動産に勤務する加藤慎司(苗99,院01)さんの「大学でやっていることは一部ですからね」という言葉を置いておこう。ただ、一部にしてもそれは必ず仕事で生きている。
「土地の仕入れに関わっている不動産会社でトップの人達は土地を見てそこに何を作るか、全体像を描ける、土地に何を生み出せばよいかが分かる人達だということ。それは若い頃の学びがどこかできちんと生きているということでしょう」
渦中にいる時には分からなくても、身についた学びはいつの日か自分を助けてくれるということだろうか。そう信じよう。
卒業設計の意味。
設計そのもの以上に大事なものとは?
研究室選び以外では卒業制作にも関心が集まった。本当に意味があるのか、悩む人に向けて先輩3人の声をご紹介しよう。
「設計そのものに意味があるという以上に考える訓練、表現する訓練として意味があるのかなと。周囲はみんな頭がいい。その中で自分に何があるかを考えた時、自分は絵がうまい、表現が得意だと気づいた。であれば表現する力でどうしたら一番を取れるかを考えた。それが今の仕事に直接的に繋がっているわけではないものの、今もその時に考えたこと、自分の強みは何かを真剣に考えたことは覚えている。繋がっていると思いますね」と武藤さん。
中野さんはある美術館の設計課題で先生たちが選んだ作品とは別のものをアーティスト本人が選んだ時の話をした。
「卒業設計はトレーニングであり、自分がその作業に向いているか向いていないかを選別する機会でもあったと感じていますが、学生時代の経験からそれとは別に違う見方があるとも思っています。それは安田侃という彫刻家の美術館という課題でのこと。たまたま、彫刻家ご本人がいらっしゃり、建築の先生たちが一番に選んだものとは違う、あまり注目されていなかった作品を選び『僕はこの美術館の中で、自分の彫刻を展示したい』とおっしゃった。つまり、教授陣が良い評価をしてくれたら設計者になれるということではない。建築はそういうもの。大学での評価だけがすべてではありません」
もうひとつの声は大林組に勤務する平賀恵子(苗99、院02)さん。
「施工費その他どうしたらクライアントが喜ぶかをいろいろ考えていくとどうしても効率重視になりがち。でもそこを踏みとどめてくれるのは学生時代の軸。悩んだことが力になってくれると思います」
仕事は苦手を避けていてもできるが
成長のためには自分と向き合うことが大事
社会人になり、時間的な制約が生ずるであろうことなどに漠然とした不安を持つのだろうか。社会人になってからも学生時代にやっていたことを続けられるのか、成長を感じるタイミングがあるのだろうかという質問も出た。
それに対し「ピボットしながら、それでも続けることです」と答えたのは岩本さん。学生の頃とは続け方は違ってくるかもしれないが、やり方を変えるなどすれば続けられる、続けようということである。
成長に関しては梅沢さんの言葉が響いた。
「成長するという前提には苦手があること、それを乗り越えることがあると思います。実際、苦手と向き合わないと成長はしない。でもね、実は仕事は苦手を避けていてもできる。外の人にはそこは分からないけれど、自分には分かる。だから、成長のためには自分と対話し、向かいあうことが必要。そうすれば成長は実感できるはず」
2時間半ほどのやりとりを聞いていて感じたのは建築の仕事の幅の広さとその全貌が見えていないための不安、社会に出ることそのものの不安など異なる要素が錯綜、現役生の悩みになっているのではないかということ。
社会人になってしまえば学生時代に思っていたほど社会人生活は一直線ではないことが分かるが、そこは経験してみなければ分からない部分も多い。多くの先輩たちの紆余曲折を聞くことは現役生にとってキャリアを考える上で役に立つはずだと思う。
また、案ずるより産むがやすしという言葉もある。学びは裏切らない。諸先輩方の言葉はいずれも自分を信じることの大事さを伝えていたようにも思う。
中川寛子
早稲田大学教育学部卒。40年以上、不動産、建築、まちづくりなどの取材、原稿執筆に関わり、それぞれの業界の変貌をつぶさに見て来た。建築に関心を持つようになったのは学生時代、建築学部の同級生に九州に建築見学ツアーに連れていかれたのがきっかけ。